2008年春、渋谷ユーロスペースにてレイトショーされる
映画『船、山にのぼる」の監督・本田孝義のブログです。

本田孝義

2008/7/27 日曜日

土本典昭さん お別れの会

昨晩は土本典昭さん お別れの会だった。土本さんの業績を思えば当たり前の話であるが、本当に多士済々、大勢の方が来られたお別れの会だった。会が始まる前に、遺著である「ドキュメンタリーの海へ」を買う。毎日新聞では「亡くなられてすぐ本が出たので驚いた」という話が載っていたけど、本自体はもう何年も前から石坂健治さんが土本さんにインタビューしていたもの。結果的に遺言になってしまった。それにしても本の厚さからしてその内容の充実度は分かろうというもの。僕自身はまだ読んでいないけど、可能な限り多くの人が読むべき本だろう。そして、多分、僕が思うに、土本さんは若いドキュメンタリストに向けても語っているに違いない。石坂さんもおっしゃっていたのだけど、年表の最後に「死去」まで載せて亡くなるような映画監督はそれだけですごいことだ。

また、会が始まる前に、ご遺骨におまいりさせていただいた。

第一部冒頭では伊藤惣一さんが「もしもぼくが死んだら」という詩を朗読された。伊藤さんご自身もナレーターとしてドキュメンタリー史に欠かせない方だし、土本さんの作品でも印象深い。そんな方の朗読は心に響いた。次に、親族の土本亜理子さんが病状・病床の様子を写真を交えてご報告された。不謹慎とは思いながら、つい、僕の場合は父の様子をダブらせながら聞いていた。1年半経ったとはいえ、僕にはまだ生々しいのが父の死だった。しばらく痛みがひどかったようだけど、最後は安らかだったと聞いて少しほっとする。

吉田嘉清さんは早稲田時代の土本さんを、カメラマンの大津さんは岩波映画時代の土本さんを、緒方正人さんは水俣を撮影していた時の土本さんのエピソードをそれぞれ語られていた。

お姉さんの話は僕らがあまりうかがい知ることが出来ない幼少時のお話があった。土本基子さんは短くも優しい言葉で語られていたのが印象深かった。

第二部では土本基子さんが編集された「記憶の形見」が上映された。土本さんが監督された映画の断片なのだけど、そのシーンの選び方が思わずう~んとうなってしまうものだった。その後、羽仁進さんの献杯。歓談になったのだけど、久しぶりに会う人を始め、これまた多くのお世話になった方々にご挨拶。こういうふうに再会の機会を作ってくれたのも土本さんのおかげだ。

形式的には「土本さんの意思を継いで」なんていうのだろうけど、土本さんのような映画人は二度と現れない、と僕は思う。だからこそ、土本さんが何を考え、何を作ってきたかを知らなければいけないのだと思う。

お別れの会の後、二次会へ。これまた多くのお世話になっている方々が集った。僕もつい参加してしまった。短い時間だったけど、和やかな時間だった。

土本さんのことも、映画のことも全然語り足りないけど、またどこかの機会に。

たいしてお酒を飲んだわけではないのだが、帰るとどうにもパソコンを開く元気もなく寝た。よって1日遅れのブログです。

未分類 — text by 本田孝義 @ 22:45:11