2008年春、渋谷ユーロスペースにてレイトショーされる
映画『船、山にのぼる」の監督・本田孝義のブログです。

本田孝義

2009/6/9 火曜日

『妻の貌』

川本昭人監督作『妻の貌』を試写で見た。僕は以前、今回上映される前のバージョンを見ているし、この映画で挿入されるご本人の作られた短編もほぼ見ている。1度だけだが、川本さんとお話しさせていただいたこともある。今回、さらに追加された映像があると知って、どうしても見たくなった。あらためてこの映画は傑作だと思った。同時に破格の作品であることも思った。何せこの映画、川本さんがひたすら家族を撮り続けてきた50年の集大成なのである。2時間近い映画だが、写っているのはほぼ家族のみ。そういう意味では究極のホームムービーである。しかしながら、30年ほど前に作られた傑作『私の中のヒロシマ』(本作にも何度も挿入される)からしてすでにそうなのだが、きちんと「映画」として作られていて、「映画」としての意思が貫かれている。特に僕が好きなのは、川本さんの距離感だ。身近な人を撮るとえてしてべたべたに甘えた関係の中で撮りがちだけれど、川本さんが妻を撮る視線には適度な距離感があって品がある。だから「ホームムービー」という言葉から連想されるような、いやな感じが全くない。と同時に、身近な者にしか撮れない映像。川本さんの妻、キヨ子さんは被曝し、甲状腺の癌を発症し手術も受けている。だから何度もつらそうに寝ている姿が映し出される。そうした姿だけではなく、母の介護や身の回りの細々としたこと、子供・孫の成長なども丁寧に描かれる。今日、再度見て気付いたのは、あえて時系列をバラバラにして、突然30年前の映像が入ってきたりするものだから、いやがうえでも時間の重みを感じたのだ。このひと固まりの映像から受けるものは何だろう、と考えていたのだけど、それは「人生」としか呼びようのないもの。そして、この映画は声高に「原爆」「反戦」を描いた映画ではないけれど、たった10秒ほど原爆が爆発したことがこんなにも長く影響し続けるその重みを考えさせられる。ある家族の50年の記録としてももちろん破格なのだが、被爆の60年を見つめたこともまた破格だ。こう書いてしまうと重苦しい映画のように思えるが、とても艶やかな映画でもある。川本さんは映像を仕事としていない、いわゆる”アマチュア”と呼ばれる作家だ。この呼び方が正しいのだとすれば、言葉の真の意味での「アマチュア」かもしれない。「アマチュア」とは「愛する人」という意味だから。川本さんは妻を愛し、映画を愛している。

未分類 — text by 本田孝義 @ 23:32:19