2008年春、渋谷ユーロスペースにてレイトショーされる
映画『船、山にのぼる」の監督・本田孝義のブログです。

本田孝義

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2011/10/27 木曜日

『ひかりのおと』

先週末から東京国際映画祭が始まっているが、当面、やらなくてはいけないことが重なっていることもあって、何が上映されているか、ほとんどチェックしていない。もうひとつは、メイン会場である六本木にどうも足が向かない、ということもあるかもしれない。そんな中、どうしても見たい作品があったので、これだけは見に行った。見たのは『ひかりのおと』(山崎樹一郎監督)。監督の山崎さんは岡山県真庭市在住のトマト農家でもある。以前、岡山県津山市で『船、山にのぼる』を上映した時に見に来てくれたこともあった。前作『紅葉』も見ている。新作を製作中だったことは知っていたので、完成した作品を見たかったのだ。岡山の農村発、酪農家の話、と聞いていたので勝手に「地に足が付いた」映画を連想していたら、違った。むしろ、「地に足を付けよう」ともがいている映画だった。主人公は東京から実家の酪農家を継ぐために帰郷。だが、本当に酪農を継いでいけるのか、音楽への渇望、経済的に厳しい酪農家の現状などに逡巡している。同時に家族や恋人との関係にも微妙なものを抱えている。だが、この映画は、都市の人間が農村の人間に抱く勝手な幻想、たくましい酪農家、などを描きはしない。この映画の不思議な魅力は何なのかと考えていたのだが、鈍なところにあるんじゃないか、と思えてきた。普通、鈍感、などと言われるように、鈍というのはあまりほめ言葉にならないが、もそもそしたある種の重さがこの映画ではかえって魅力になっていると思う。セリフがやや硬いせいもあるのだが、主人公を演ずる人がプロの役者ではないせいもあるのだが、主人公が発する言葉が1メートルほど進んで、折れて帰ってくるような、言葉が遠くに届かないような感じがする。と同時に、失礼を承知で言えば、どこかもっさりとした、少しゆったりとした主人公の身のこなしは、映画のテンポをゆったりとしている。だが、普通の映画で言えばマイナスになるような要素がこの映画では妙なリアリティーとなって画面を覆っている。それは、実際の酪農家で撮影された、牛舎などの立たずいまい、山間地の地形などと呼応しているからでもある。僕はこういうテイストを持った映画をちょっと思いつかない。物語的にはいくつかの起伏はあるものの、取り立てて劇的な演出は意図的に避けられている。が、ストイック、というものとも違う。先程はリアリティーという言葉を使ったが、本当はそれも多分、違うだろう。冒頭、「地に足を付けようとした」と書いたように、何かの拍子で風船のようにふっと飛んで行きかねない危うさを持つ軽さと重力に引き寄せられる重さとがせめぎ合っているような感じなのである。僕はそこに山崎監督の誠実さを見る。この映画の底を流れるノイズは、酪農家のすぐ横を走る高速道路だ。現実の音としてもそうだし、精神的な意味でもそうだろう。(蛇足ながら、子どもの頃、あの高速道路が開通した時に、わざわざ家族で車で走ったことを思い出した)だからこそ、ラストシーンは一見ハッピーエンドに見えつつも、クレジット終わりの本当のラストカットはひときわ大きく高速道路のノイズが響き、決して安定が訪れたわけではないことを伝えている。こういう音の繊細な表現も久しぶりに聞いた気がする。この映画はあさってから、岡山県で50か所の上映が始まる。岡山でどう見られるのか、とても興味深い。と言うのも、東京の六本木で今日、見たわけだが、岡山弁は岡山弁を解する僕にとっても独特の雰囲気を持っていたと思う。が、岡山では日常だ。と同時に、岡山県と言っても都市部と農村部では全然生活環境が違うので、見え方も変わってくるはずだ。いずれにしても、岡山県の人は真っ先に見てほしい。いろんな意味で、本作はこれからの日本映画を考えるうえで、とても重要な作品だと僕は思う。僕の勝手な予想では、来年は地方で撮られた(本当は地方という言葉はあまり好きではないのだが、ここでは東京以外でというぐらいの意味)映画が東京の映画を包囲する、と勝手な予感がしている。そんな中、僕の新作は9割がた東京で撮った映画ではあります。

未分類 — text by 本田孝義 @ 23:54:17

コメント (3) »

  1. ゆゆ「さま」はくすぐったいので、高校時代の呼ばれ方に変えます(笑)
    やっさん「さま」はやめてね(笑)
    岡山弁に接する機会も、里帰りの時くらいになっちゃったなあ~。
    大阪住まいも長かったので、今の私は、関西弁プラス岐阜弁、ほんのたまーに岡山弁って感じです。
    その映画、見てみたいけど、岐阜じゃやらないやろね(^_^;
    本田君は岡山に帰ったりしてますか?

    コメント by やっさん — 2011/10/31 月曜日 @ 21:46:01

  2. >(ではお言葉通り)
    やっさんへ。
    僕は今年夏も岡山に帰りました。(と言っても、美術展に参加したので、「帰郷」とは違うかも・・。)その辺のことはこのブログ http://www.fune-yama.com/diary/archives/1363.html に書きました。
    『ひかりのおと』はとりあえず、来年3月まで岡山県全域で巡回上映中。はたして岐阜はどうでしょう…。

    コメント by 本田孝義 — 2011/10/31 月曜日 @ 22:04:07

  3. 8/29の、読みました。
    「里帰り」ではないねえ(^_^;

    最後に会った大阪平野郷は、文化発信しようとしている街やったけど、岐阜ではあまりそういう場所を聞かないからなあ。。。
    『ひかりのおと』、東海にくるとすれば、やっぱし名古屋かな?

    コメント by やっさん — 2011/11/2 水曜日 @ 1:00:45

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