監督から

船は山にのぼるのか?

『船、山にのぼる』 監督・本田孝義

私が広島県灰塚で製作中だった PH スタジオの「船」を初めて見たのは、 2002 年春のことだったと思います。やけにばかでかいなあ、という印象はあったのですが「この船を山にのせる」と説明を受けても、あまり実感がなかったのが正直なところです。
また、船が製作されていた場所に立っても、ここがダム完成時には湖底になり、周囲は湖になるという実感も湧いてきませんでした。
元々住んでいた水没地の方々は、 1993 年から生活再建地への移住を始め、私が訪れた 2002 年には当然人家も見当たらず、わずかに工事車両が走り回っているだけでした。辺りを見渡せば、真新しいコンクリートの壁が延々続いていることが唯一「ダム」を感じさせてくれていたように思います。

それからしばらく経ち、 2003 年 6 月に私は再び灰塚の地を訪れます。
今回は映画にも登場する、 PH スタジオの広島市現代美術館での展覧会「船、山にのぼる-森の引越しプロジェクト」のための展示用の映像を製作することを依頼されたからでした。
船のイメージ映像とワークショップの記録を展覧会で流したのですが、製作中に PH スタジオ代表の池田修さんから「ゆくゆくは映画にしたいんだけどなあ」という、どこまで本気か分からない話を聞きました。その時の私の気持ちとしては、あまりにもスケールが大きそうな話なので、私一人ではとても手に負えそうにないなあ、けど誰かが記録すれば面白いだろうなあ、というぐらいであまり切実に受け止めていなかった記憶があります。

その後さらに月日は流れ、前作『ニュータウン物語』の上映が一段落した 2004 年秋頃、私の脳裏で船の存在がむくむくと大きくなっていきました。
どこまで出来るか分からないけど、映画にしたいと PH スタジオの方々にも伝えました。

こんな経緯もあり、映画『船、山にのぼる』はプロジェクトの発端から始まる、 12 年の軌跡を描いていますが、私自身は 2003 年からの 4 年間を撮影したことになります。

いよいよダムに水が入る 2005 年、 PH スタジオの方々は横浜の BankART1929 の運営で極めて多忙な日々を過ごしており、プロジェクトの進行と撮影予定がきちんと組めない、流動的なスケジュールとなっていました。
私はこうなったら成り行きに任せるしかないと腹をくくり、 PH スタジオの方々が灰塚に行く時に同行する形で少しずつ撮影を進めていきました。

また、 2005 年 7 月 28 日に試験湛水が始まったのですが、貯水はあくまでも天候任せですから、一体いつ満水位になりいつ船を動かすことになるのかもまったく予測がつきません。 PH スタジオの方々共々、灰塚ダムのホームページで更新される毎日の貯水量とにらめっこする日々が続きました。

どういう作品になるのか行方も分からず、とにかく船が山に着地するところまでは撮り終えました。その後、文化庁の支援が受けられることになり、最後の仕上げの部分で、風の楽団に音楽製作を依頼することが出来、米山靖さんには丁寧な音響構成をお願いすることが出来ました。

多くの美術関係者は PH スタジオがプロジェクトを始めた時から注目しており、船がほぼ完成した 2003 年には多くの賛辞が寄せられていたように思います。しかしながら、私自身は、ダムで故郷が水没すること、そこで巨大な船を作り山にのせることにどのような意味があるのかよく分かっていませんでした。

しかし、分からなかったことはけっしてマイナスではなかった、と今では思っています。
分からなかったからこそ、知りたいと思い撮影を続けられたのではないか、と思っています。

2007 年春に映画が完成し、半年以上が過ぎた今日この頃。
やっと「船をつくる話」というプロジェクトが何であったのか分かってきたように思います。

2007年12月3日

木を見る…映画「船、山にのぼる」より

船の下で休憩…映画「船、山にのぼる」より

遠方より船を望む…映画「船、山にのぼる」より

船がライトに照らされて…映画「船、山にのぼる」より

監督プロフィール

監督:本田孝義の近影

本田孝義。 1968年岡山県生まれ。法政大学卒。大学在学中から、自主映画の制作・上映を始める。
テレビの仕事をしばらくした後、再び自主制作を開始。現在まで、4本の長編ドキュメンタリー映画を制作するのと並行して、多数の現代美術展で映像作品を発表している。2003年に完成した『ニュータウン物語』は、岡山、山形、東京、大阪、広島、ドイツ、中国、コロンビアで上映された。

主な作品
『デフ・ディレクター~あるろうあ者の記録~』(1995/長編ドキュメンタリー)
『コマンド・オクトパス』(1996/大阪・モダンde平野)
『平野幻想』(1997/大阪・モダンde平野)
『科学者として』(1999/長編ドキュメンタリー/劇場公開)
『ビデオリレー となりのお店』(2001/岡山・奉還町アート商店街)
『リターン』(2002/岡山・アートウェーブ岡山)
『ニュータウン物語』(2003/長編ドキュメンタリー/劇場公開)
「船、山にのぼる」(2003/PHスタジオ・展示映像/広島市現代美術館他)
『樋門』(2004/岡山・西川アーツフェスティバル)
「沖縄ソウル 石川真生×本田孝義」(2004/沖縄・佐喜眞美術館)